の静けさであろうか、少し雨は降っているが差ほどではない。
大型台風という事であるが、今全くその感じが無いだけにいささか不気味である。
ゴジラかはたまたジョーズか。
天気予報では、今四国沖で進路は紀伊半島の方に向いている。
台風と言えば、もう10何年も前に19号台風と言って大型の台風が瀬戸内海に入って来た事がある。
その夜はかなりの雨風だったが、朝起きるともう過ぎ去っていた。
私が何げなく、テレビのスイッチを入れると、台風の被害状況をが映し出されている。
そして洪水で田園地帯が浸かっている場面が映った。
凄いなぁと思っていると、アナウンサーが長船と言った。
エーと思いながら、2階に上がり窓を開け外を見る。
私の家はちょっと高台にあるのだが、眼下に海が広がり朝日でキラキラ輝いていた。
長船はもともとは海で、入り江だった。
そこを埋め立て農地にしたのだ。
この時、昔の入り江の状態がはっきりわかった。
殆どの道が大水に浸かり寸断されている。
1日2日は食料も買いに行けなかった。
水道も止まり、大きなタンクに水を入れたトラックが来て、配給をしていた。
田んぼの稲はほとんど全滅、床上浸水の家もたくさんあり、甚大な被害がでた。
やはり天災は凄いと実感。
今回の台風も注意しなければ!!
2009年10月6日火曜日
2009年10月5日月曜日
石門別神社
先程まで「いわとわけ音楽祭」の打ち合わせに行っていた。
私達も今年で8回目ぐらいになろうか、ずっと出演している。
もともとは岡山のミュージシャン達が集まって始まった音楽祭だ。
ここが各お宮の祭りとは違った処である。
今は音楽以外にも演劇や朗読の方々も出演されていて、祭りを盛り上げている。
私達は年間いろんな祭りに参加させて貰っている。
昔は祭りの時は、その何週間前から、そのお宮のある集落の大人も子供も集まって、笛や太鼓の練習をしたものだ。
だけど今は人々の生活が忙しくなり、そんな時間は取れなくなった。
それで、各お宮の氏子さん達から、祭りを盛り上げるように依頼されて私達は行かさせて貰っているのである。
私は今日始めて今年の「いわとわけ音楽祭」打ち合わせに参加した。
うちに関係する事は、うちからPA機材を出すことになった事、それと鼓空の持ち時間と、ぼさつの持ち時間が各々30分づつとなった事である。
ルネス、玉井宮東照宮、石門別神社と3日続くが充実した秋の日々にしたい。
私達も今年で8回目ぐらいになろうか、ずっと出演している。
もともとは岡山のミュージシャン達が集まって始まった音楽祭だ。
ここが各お宮の祭りとは違った処である。
今は音楽以外にも演劇や朗読の方々も出演されていて、祭りを盛り上げている。
私達は年間いろんな祭りに参加させて貰っている。
昔は祭りの時は、その何週間前から、そのお宮のある集落の大人も子供も集まって、笛や太鼓の練習をしたものだ。
だけど今は人々の生活が忙しくなり、そんな時間は取れなくなった。
それで、各お宮の氏子さん達から、祭りを盛り上げるように依頼されて私達は行かさせて貰っているのである。
私は今日始めて今年の「いわとわけ音楽祭」打ち合わせに参加した。
うちに関係する事は、うちからPA機材を出すことになった事、それと鼓空の持ち時間と、ぼさつの持ち時間が各々30分づつとなった事である。
ルネス、玉井宮東照宮、石門別神社と3日続くが充実した秋の日々にしたい。
2009年10月4日日曜日
WAの会
今朝は自閉症の子供達のWAの会の練習があった。
最初小学生だった子供達も高校生になっている。
小さい時は一つ一つの曲も彼等用に簡単にわかり安くしていたが、最近は原曲をそのままを教えている。
難しい難しいと言いつつも、序所に覚えて叩けるようになってくる。
見ているご両親達も嬉しそうだ。
最初私も自閉症の人と接した事がなくて、どのように接して行けばいいのか迷ったが、時と共に別にどうでもいいんだと思うようになった。
自閉症がうんぬんではなく、その子その子のパーソナリティーだと考えれば、全く問題は無いのである。
ずっと彼等を見ていると、あっと驚く程優しかったり、他人と自分との間に変な境界線を設けなかったりと、実にPeacefulである。
彼等ばかりだと、きっとこの世に戦争など全く起きないのではと思う。
これからも、ずっと彼等の生き方を見て行きたい。
最初小学生だった子供達も高校生になっている。
小さい時は一つ一つの曲も彼等用に簡単にわかり安くしていたが、最近は原曲をそのままを教えている。
難しい難しいと言いつつも、序所に覚えて叩けるようになってくる。
見ているご両親達も嬉しそうだ。
最初私も自閉症の人と接した事がなくて、どのように接して行けばいいのか迷ったが、時と共に別にどうでもいいんだと思うようになった。
自閉症がうんぬんではなく、その子その子のパーソナリティーだと考えれば、全く問題は無いのである。
ずっと彼等を見ていると、あっと驚く程優しかったり、他人と自分との間に変な境界線を設けなかったりと、実にPeacefulである。
彼等ばかりだと、きっとこの世に戦争など全く起きないのではと思う。
これからも、ずっと彼等の生き方を見て行きたい。
2009年10月3日土曜日
御休の集い
今日は御休宮池公園というちょっと山に入った処での祭りに参加した。
山々に囲まれた中に、宮池という大きな池がある。
池の淵から池の中央まで朱色の橋がかかっていて、なかなか風情がある。
池のほとりに鐘つき堂がある。
今日の祭りは、町の何人かの挨拶の後、子供達がこの鐘をつく処から始まった。
最初のアトラクションとして、私達が普段教えている御休小学校の和太鼓クラブの演奏だ。
子供達は普段の練習の時はだらだらでも本番の時は多少緊張感のある演奏をする。
たぶん緊張しているのだろう。
この後、地元の方々によるハワイアンの踊り、うたごえ、銭太鼓、傘踊りなどがあった。
私達も皆さんの手作りの山菜おこわや、豚汁を頂きながら、楽しく過ごした。
最後のアトラクションとして鼓空が出演する。
最初、私の大太鼓ソロ、そして清流、華をする。
それからは、せっかくの祭りなのでジャンベと和太鼓による、アフリカンの3曲メドレーをした。
途中から非常にノリのいいおばさんがいて、最初後ろで踊っていたのだが、あまりに踊りが上手いので、メンバーが舞台前までに引っ張り出した。
お客さんもそれを見て多いに盛り上がり、後に続いて何人かが踊り出した。
アフリカンの後はドラムスを使って紫の光、舞、仲間のメドレー、最後まで皆さん踊ってくれた。
無事に役目を果たしたかなと思ったら、アンコールがかかった。
御休の子供達も一杯残っていたので、せっかくだから、渓谷鼓をみんなで一緒に叩いた。
子供達は先程よりもまだ緊張してた。
たまには緊張もしないとね。
今日は地元の皆さん、本当によく動かれていた。
そのお陰で私達も楽しませて貰った。
また皆さんと御一緒できればと思う。
山々に囲まれた中に、宮池という大きな池がある。
池の淵から池の中央まで朱色の橋がかかっていて、なかなか風情がある。
池のほとりに鐘つき堂がある。
今日の祭りは、町の何人かの挨拶の後、子供達がこの鐘をつく処から始まった。
最初のアトラクションとして、私達が普段教えている御休小学校の和太鼓クラブの演奏だ。
子供達は普段の練習の時はだらだらでも本番の時は多少緊張感のある演奏をする。
たぶん緊張しているのだろう。
この後、地元の方々によるハワイアンの踊り、うたごえ、銭太鼓、傘踊りなどがあった。
私達も皆さんの手作りの山菜おこわや、豚汁を頂きながら、楽しく過ごした。
最後のアトラクションとして鼓空が出演する。
最初、私の大太鼓ソロ、そして清流、華をする。
それからは、せっかくの祭りなのでジャンベと和太鼓による、アフリカンの3曲メドレーをした。
途中から非常にノリのいいおばさんがいて、最初後ろで踊っていたのだが、あまりに踊りが上手いので、メンバーが舞台前までに引っ張り出した。
お客さんもそれを見て多いに盛り上がり、後に続いて何人かが踊り出した。
アフリカンの後はドラムスを使って紫の光、舞、仲間のメドレー、最後まで皆さん踊ってくれた。
無事に役目を果たしたかなと思ったら、アンコールがかかった。
御休の子供達も一杯残っていたので、せっかくだから、渓谷鼓をみんなで一緒に叩いた。
子供達は先程よりもまだ緊張してた。
たまには緊張もしないとね。
今日は地元の皆さん、本当によく動かれていた。
そのお陰で私達も楽しませて貰った。
また皆さんと御一緒できればと思う。
2009年10月2日金曜日
ヨカ
雨にも負けず、車でヨカに行った。
今日は2日酔いではなく、1日ちょっと酔いぐらいだった。
ジムも雨の為か、多少人も少なかった。
改めて、私は偉いと思った。
最初はいつも通りスローから始まる。
四つんばいから展開する技、そして犬のポーズを起点とした技とだんだんきつくなってくる。
そのきついポーズの時に先生は言う「深い呼吸をしましょう。」
自分の体を根限りねじっている時に、深い呼吸など出来るわけがない。
無理を言う先生だ。
だが先生が偉いのは、先生もきついポーズをしてるのに、ごく自然に次の事を指示するのである。
本当はきついんだけど、無理して普通のしゃべり方をしてるのだろうか?
今度注意して見てみよう。
とは言うものの、そんな余裕が私にあるわけがない。
今日死ぬかと思ったポーズを紹介しよう。
簡単なので皆さんやって下され。
と矛盾した事を言う。
いや、簡単なのはポーズでなくて、説明が簡単だと言うことである。
1 仰向けになる。
2 両手を頭の後ろで組む。
3 左足を天に向けて上げ、右足は床についたまま、真っ直ぐ前方に伸ばす。
(ここまでで、私は簡単簡単と思う)
4 次に右足のかかとを少し浮かして伸ばす。
5 その姿勢をキープしたまま、ゆっくり10カウントを数える。
腹筋が悲鳴をあげる。
その逆をする。
腹筋が悲鳴をあげる。
私は何度も言うが、こんな事一人では絶対しない。
皆がいるから、一人でボケーともしてられないので、仕方なくするのである。
厳しきヨカの道である。
今日は2日酔いではなく、1日ちょっと酔いぐらいだった。
ジムも雨の為か、多少人も少なかった。
改めて、私は偉いと思った。
最初はいつも通りスローから始まる。
四つんばいから展開する技、そして犬のポーズを起点とした技とだんだんきつくなってくる。
そのきついポーズの時に先生は言う「深い呼吸をしましょう。」
自分の体を根限りねじっている時に、深い呼吸など出来るわけがない。
無理を言う先生だ。
だが先生が偉いのは、先生もきついポーズをしてるのに、ごく自然に次の事を指示するのである。
本当はきついんだけど、無理して普通のしゃべり方をしてるのだろうか?
今度注意して見てみよう。
とは言うものの、そんな余裕が私にあるわけがない。
今日死ぬかと思ったポーズを紹介しよう。
簡単なので皆さんやって下され。
と矛盾した事を言う。
いや、簡単なのはポーズでなくて、説明が簡単だと言うことである。
1 仰向けになる。
2 両手を頭の後ろで組む。
3 左足を天に向けて上げ、右足は床についたまま、真っ直ぐ前方に伸ばす。
(ここまでで、私は簡単簡単と思う)
4 次に右足のかかとを少し浮かして伸ばす。
5 その姿勢をキープしたまま、ゆっくり10カウントを数える。
腹筋が悲鳴をあげる。
その逆をする。
腹筋が悲鳴をあげる。
私は何度も言うが、こんな事一人では絶対しない。
皆がいるから、一人でボケーともしてられないので、仕方なくするのである。
厳しきヨカの道である。
2009年10月1日木曜日
ぼさつ
私は以前「ぼさつ」というバンドにいた。
このバンドは、一言で言えばヒッピーバンドだ。
私が最初に「ぼさつ」を知ったのは、ある大晦日の夜に千葉のマザースというライブハウスでの年越しライブでである。
その当時私は「K.B.B」というブルースバンドにいて、この時に一緒になった。
初めて「ぼさつ」の演奏を聴き、あまりに自由で懐の広さを感じ、こんなバンドなら一緒にやってみたいなぁと思っていたら、その後1年ぐらい経った時、その機会が訪れた。
ある企画で、龍一ちゃんとバンドを組み、出演する事になった。
そしてその練習場所として、連れて行かれた処が「ぼさつ」のメンバーが共同生活をしてた農家の一軒家だった。
そこの蔵がスタジオに改良されてたのである。
そこに訪れる度に、「ぼさつ」のメンバーと終わる事の無いセッションをするようになった。
そして前任のドラムスの方が都合が悪くなった事もあり、私が参加するようになった。
「ぼさつ」はそもそもはアメリカのカンサス大学で生まれていた。
その頃はアメリカもヒッピーカルチャーの真っ只中で、彼等もその流れを汲んでいた。
1年程、活動を共にしたが、皆根っこがヒッピーであるので、ばらばらに旅に出ることになった。
まずはインドに行き、ヨーロッパを回り、南米に行ったりしながら、最終的に、アメリカはサンフランシスコに集まり出した。
私もここで皆と合流して、再度「ぼさつ」として活動するようになった。
5年程シスコ近辺のベイエリアでバンド活動をしながら、共に過ごしたが、各自いろんな状況の中、生活の場所を変えらざるを得なくなった。
私も父が倒れ、母が一人になったので、岡山に帰ることになった。
そんな皆ばらばらになった「ぼさつ」が2003年の秋に、私達の道場に集まり、コンサートをした。
アメリカはシアトル、バークレー、ハワイ、そして千葉と愛媛からである。
その後、皆揃う事はなかったが、各自帰国する度に岡山に来てくれ、一緒に音を出した。
が今年メンバー2人が帰国、5人揃う事になった。
また昔千葉で同時期共にしたキャンディータイムというバンドの茂木兄弟も来てくれる。
せっかくの機会なので、10月25日(日)に岡山で開かれる「いわとわけ音楽祭」に鼓空と共に出演することになった。
また翌日26日(月)に私達の道場でコンサート兼セッション大会を開くことにした。
また熱い夜になりそうである。
今から楽しみである。
このバンドは、一言で言えばヒッピーバンドだ。
私が最初に「ぼさつ」を知ったのは、ある大晦日の夜に千葉のマザースというライブハウスでの年越しライブでである。
その当時私は「K.B.B」というブルースバンドにいて、この時に一緒になった。
初めて「ぼさつ」の演奏を聴き、あまりに自由で懐の広さを感じ、こんなバンドなら一緒にやってみたいなぁと思っていたら、その後1年ぐらい経った時、その機会が訪れた。
ある企画で、龍一ちゃんとバンドを組み、出演する事になった。
そしてその練習場所として、連れて行かれた処が「ぼさつ」のメンバーが共同生活をしてた農家の一軒家だった。
そこの蔵がスタジオに改良されてたのである。
そこに訪れる度に、「ぼさつ」のメンバーと終わる事の無いセッションをするようになった。
そして前任のドラムスの方が都合が悪くなった事もあり、私が参加するようになった。
「ぼさつ」はそもそもはアメリカのカンサス大学で生まれていた。
その頃はアメリカもヒッピーカルチャーの真っ只中で、彼等もその流れを汲んでいた。
1年程、活動を共にしたが、皆根っこがヒッピーであるので、ばらばらに旅に出ることになった。
まずはインドに行き、ヨーロッパを回り、南米に行ったりしながら、最終的に、アメリカはサンフランシスコに集まり出した。
私もここで皆と合流して、再度「ぼさつ」として活動するようになった。
5年程シスコ近辺のベイエリアでバンド活動をしながら、共に過ごしたが、各自いろんな状況の中、生活の場所を変えらざるを得なくなった。
私も父が倒れ、母が一人になったので、岡山に帰ることになった。
そんな皆ばらばらになった「ぼさつ」が2003年の秋に、私達の道場に集まり、コンサートをした。
アメリカはシアトル、バークレー、ハワイ、そして千葉と愛媛からである。
その後、皆揃う事はなかったが、各自帰国する度に岡山に来てくれ、一緒に音を出した。
が今年メンバー2人が帰国、5人揃う事になった。
また昔千葉で同時期共にしたキャンディータイムというバンドの茂木兄弟も来てくれる。
せっかくの機会なので、10月25日(日)に岡山で開かれる「いわとわけ音楽祭」に鼓空と共に出演することになった。
また翌日26日(月)に私達の道場でコンサート兼セッション大会を開くことにした。
また熱い夜になりそうである。
今から楽しみである。
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