四国八十八ヶ所の巡礼を無事に終え、第1番札所の霊山寺にお礼に行き、その足で鳴門海峡を越え、淡路島を通り高野山に向かった。
山陽道、近畿道を抜け、松原の近くになると、この日朝早くに起き、一日中車で走り、よく歩いた事もあって眠気に誘われた。
だがその時高速道路から偶然天然温泉の看板が見えた。
私は巡礼中はいつも車中泊だったので寝る処は決めていなかった。
しかしこの松原天然温泉は長旅を終えた私には嬉しかった。
中に入ると、そこは健康ランド。
受付に行くとサービスデイとかで1000円でいいと言う。
私はとてつもなくここが気にいってしまった。 (この時は・・・)
早速腹も空いてたので、レストランで食事。
寿司とそばのセットを頼む。
それから安心のあまり、ビールの中ジョッキを注文。
五臓六腑に染み渡り、軽く酔いが廻る。
廻って良いのだ、長旅が終わったのだから。
少し落ち着いた処で風呂に行く。
私の好きな寝転びジャグジーバスがある。
誠に持って気持ち良い。
ここの天然温泉は炭酸が入っている。
細かな泡が次々浮かんで来る。
ラムネ温泉とも言うそうだ。
いつもながら、全部の風呂に入ってみる。
露天風呂は外気と風呂の温度差がかなりあった。
一通り堪能した処で寝床探し。
テレビ付きの背もたれが倒れる椅子が空いてたので、これに決まる、完璧だ。
明日は何時起きでも良いと思い、あえて携帯のアラームもかけず。
ボーとテレビを観てたら、またもや睡魔。
テレビを消し、毛布に潜る。
そして悲劇は始まる。
寝たのが10時30分。
夜中1時45分に何者かが私の肩を叩く。
「お客さん閉店の時間ですよ。」
なんたる事か、館内にはほたるの光が流れている。
そんな馬鹿な。
普通健康ランドは朝まで寝ても良い筈だ。
2時でお終いの店がどこにある?
まあとは言え、周りの人もいないし、これが当店のやり方だと言われれば、敢えて言葉も出ず。
眠い目を擦りながら着替えて外に出る。
どこで二度寝しようかと考えたが、とりあえずは高野山の方向に向かい、良い処で寝直そうと思う。
室内灯を付けてもまだ暗い車の中で、これ以上詳しい地図は無いと自慢のスーパーマップルを見る。
しかしながら高速道路沿いに走っていると、何だかおかしい。
よく見ると南阪奈道とかかれている。
南阪奈道、そんな名前聞いた事も無いし地図にも載って無い。
私はてっきり阪和道沿いに走っているつもりでいたので、見当違いも甚だしい。
考えてみればこの自慢のスーパーマップルも10年前に買った物だ。
10年前の真実は今の真実とは異なると言う事か。
地図による混乱はこの後にもある。
結局阪和道で泉南まで行き、西から高野山に登る事にしたのだが、泉南から途中通った紀ノ川市も載って無いし、合併によって広くなった橋本市、明らかに地図の方向と標識の方向がずれているのだ。
地図はやはり新しい方が良いかも。
まあ阪和道を使ったお陰で岸和田のPAで3時間ちょっと寝た。
7時30分に起き出発、1時間程一般道を走って高野山に入る。
頂上の高さは1000m、四国の紅葉も綺麗だったが、高野山の紅葉も綺麗だ。
まだ朝も早いので葉の1枚1枚から蒸気が上がっている。
やはり早起きはするものだ。
夜の深酒などはもっての他だ。
長い山道をやっと高野町に着いた。
ここには117のお寺があり、参拝者をもてなす店が立ち並び、門前町だ。
私はまずは弘法大師の御廟のある奥の院に向かった。
入り口から御廟までは2kmの道のり。
参道の両側には皇室、大名、各宗教の聖人から多くの会社、個人まで20万以上の墓が並んでいる。
御廟に着くとこの日は21日でお大師様の日と言う事で法要が行われた。
私は読経と四国巡礼が無事終わった事の報告とお礼を述べた。
奥の院を出てからはゆっくり金剛峰寺や壇上伽藍を参拝した。
しばらくぶらぶらしてると大師教会という建物があり、そこの玄関に偉いお坊さんが戒を授けてくれ、説法をしてくれるという紙が貼られてた。
私も折角高野山に登ったし、料金も500円だったから興味半分で申し込んだ。
待合所ではもう25名ぐらいの方がいた。
時間が来てお坊さんが受戒堂なる処に案内してくれる。
堂に入るとすべての戸は閉められた。
中は蝋燭の火だけ、暗くて隣の人の顔もよくわからない状態。
終わるまでは何があっても出られないと言われる。
お坊さんの案内で阿じゃ梨さん(じゃは門構えの字だが無い)が入室され弘法大師さんの額の前に座られた。
顔も全く見えない。
ここで菩薩十善戒を授かった。
この後説法があり、最後に一人づつに、菩薩戒牒なる札をお渡しになられた。
私も3段なる足踏みを登り、阿じゃ梨さんの前に座り、手渡しでお札を戴いたのだが、この時もお顔は一切見えなかった。
今まで経験した事の無い感じだったが、これが密教なのだろう。
有り難い感じで散歩してるとお茶の接待があったのでよばれた。
私はこの高野町のどこかで奉納の太鼓を叩きたいと思った。
しかしどこにもたくさんの寺院があるし、民家もある。
しばらく探した処、高野町から龍神町に向かう旧道があった。
人通りもほとんど無いし、人里からは少しだけ離れている。
ここだと思い車から太鼓を降ろし台に乗せる。
しかし思い切り叩くには憚られる。
私は少し音を小さめに、しかし力強く叩こうと思った。
多分仏さんは小さくても聞いてくれるような気がしたのだ。
20分ぐらい叩いた。
太鼓を叩いた後しばらく車を走らせていると、線香を作っている作業所があり、そこに広い駐車場があり、ご自由にお使い下さいと言う看板が立っていた。
作業所は日曜日で休みならしい。
私は今度はダラブッカを出し、思い切り叩いた。
すっきりとした気分になった。
帰りはまた大阪まで2時間の道のりだ。
お腹が空いてきた。
南大阪を走っていると、く0寿司があった。
私は回転寿司しかないと思って行くと長い行列、店の外にまで並んでいる。
ここでずっと待つのはきついと思い、また車を走らす。
するとまたまたく0寿司がある、今度こそはと思い入ると、なんと1時間30分待ち、お客さん達良く並んでいるものだ。
しかるに私はまたまた断念。
また車を走らせていると今度はス0ローがあった。
中に入ると待ち時間15分。
私はカウンター指定だったので5分で席に着けた。
どうやら南大阪では人気はく0寿司の方が勝ちのようだ。
まあ私はそんな事はどうでもよく、いかいかい えんがわ いかいかい うに と一杯食べた。
楽しい旅になった。
0 件のコメント:
コメントを投稿