2010年6月30日水曜日

カプセル

岡山市西大寺町のいつもの居酒屋で今年の「龍神祭」の初会議があった。
今年は再来年が辰年であるので、それに向けての準備段階でもある。
話を進めながら、私も久しぶりに冷たいビールを飲み日本酒を飲み、美味い物を食べと楽しいひと時。
こんな事を書くと、内のメンバーからは練習を抜け出し、酒ばかり飲んでと言われる向きもあろうが、ここの会議は特別である。
酒が入らないと話しが前に進まないのである。
他の会議では缶コーヒー、お茶は出る事はあっても酒は出ないので。
念を押しておきたい。

概略を決め、適度に酔って解散となった。
私は車を運転するわけにもいかず、これまたいつものカプセルホテルに向かう。
このお決まりコースはもう3度目ぐらいになろうか。

狭きカプセルに入り宇宙遊泳。
酔ってはいるが、寝るわけにもいかない。
なぜなら、11時よりサッカー、日本vsパラグアイ戦だ。
試合はご存知PK戦までもつれ込み、結果日本は敗れてしまったが。
でも日本のサッカーが徐々に力を付け、世界の強豪と渡り合え始めたとの印象は残った。
いやはやご苦労さんである。

朝6時前に目覚ましが鳴り起きる。
起きたくなかったのに。
私はすぐアラームのスイッチを押しまくるが止まらない。
他所の部屋からだった。
そうでなくとも寝不足なのに誠にもって迷惑な話だ。
目が覚め仕方なく最上階にあるサウナ、大浴場に行く。
私はサウナは好きではないが、ジャクジー風呂をこよなく愛している。
天窓から差し込む朝の陽光が目映い。

ゆっくり湯に浸かった後は着替えをして、カプセルを出る。
駐車場に車を取りに行き帰宅。
10時から婦人部隊の練習だったのだ。
昼に練習が終わりボケーとテレビを観ていると、寝てしまう。
やはり寝不足が効いていた。
まあお陰でちょっとすっきり。

夜の練習までもうしばらくのんびりしていよう。

2010年6月28日月曜日

披露宴

昨日は結婚式の披露宴で太鼓を叩いた。

その前日までは当日雨だとの気象庁の発表だった。
私は僅かながら畑をやってる身、雨の有り難さはよくわかる。
だから太鼓演奏の後のお祝いのコメントには、恵みの雨の話をしようと思った。
ところが当日天気は晴れ。
機転の利く私は天気の話には触れなかった。

私の出番はサプライズであったので、出演までは会場横にある非常出口の外の踊り場に太鼓を隠していた。
屋根は付いていたが、お陰で雨に因る湿気には気にせずに済んだ。
祝いの太鼓のソロ演奏は10分くらい。

実は新婦のお父さんはこの春に亡くなられた。
お父さんとお母さんは有り難い事に、娘の結婚式には是非私に太鼓を叩いて欲しいとずっと思っておられた。
私は亡くなられたが心優しきお父さんの何かしらの祝福のメッセージが私の演奏を通しても伝わる事が出来ればと深く願っていた。

新郎新婦にはその後お話出来てないが、とりあえず祝福に来てくれた皆さん、そしてお母さんには喜んで戴いたみたいで一応ほっとしている。


二人に幸有れ。

2010年6月26日土曜日

我否眠

私だけでなく多くの人が睡眠不足になっているだろう。
そう深夜3時30分から始まった日本VSデンマークのサッカーの試合である。
私は熱烈なるサッカーファンではないが、俄かファンにはすぐ成れる。
試合は絵に描いたような勝ち方だった。
つっぱり感のある本田君も瞬時にアシストにまわった。
見事だった。

まあサッカーの話はともかく我が睡眠不足の事だ。
寝不足の日の夜にまたもや田原総一郎氏の朝まで生テレビをやるか?
テレビ朝日ももう少し国民の事を考えて欲しいものである。

私も皆さんと同様、昼は昼で打ち合わせあり、会議あり、問い合わせの電話がありとそれなりにすべき事があった。
朦朧とした頭で一生懸命考えた。
結論はなかなか出なかったが。

明日はお世話になっている方の娘さんの結婚式で太鼓を叩く事になっている。
寝不足などと言っている場合じゃない。
今晩は早く寝て、いい演奏が出来るよう備えよう。

もうテレビは付けない。

おやすみ。

2010年6月24日木曜日

フラメンコ

フラメンコの練習スタジオにお邪魔した。
私達は急遽7月にある公演に出演する事になったのである。
幾度か同じ舞台に立った方の踊りを拝見したり、テレビで観たりした事はあるが、私が共演するとは露とも考えた事はなく、楽しみ半分不安半分といった処だ。

そもそもフラメンコはスペインのアンダルシア地方に伝わる歌、踊りである。
歴史的にも迫害を受けた人々の中から生まれた芸能なので反骨的であり、そして情熱を感じる。
日々猫を相手にのほーんと暮らしている私には程遠い。
しかしながら暇さえあればダラダラとダラブッカを叩いている内に同じイスラム圏の音楽にも興味が湧いて来た。

フラメンコのリズムは12拍子が多い。
最初私は8分の6の2倍的な感じで捕らえようとしたが、何のその。
そうは問屋が卸さない ・・・まあ古い表現

今度する曲も複合12拍子なのだ。
たとえば3拍子+3拍子+2拍子+2拍子+2拍子
または3拍子+4拍子+3拍子+2拍子

踊りの人の足の小刻みなタップや手拍子と合えばスコーンとはまって心地良いのだろうが、今の処無理である。
ビデオを撮らさせて貰ったので、しばらくはそれを観ながら叩いて体にリズムを入れるしかない。


リズムが入ったら踊る事にしよう。                       

2010年6月22日火曜日

きゅうり

昨日そして今日と露の合間の晴れの日だ。

我が畑に種から蒔いたきゅうりが5つ小さいながらも苗が出てきたので、ネットを張った。
やり方は竹薮の中から適当な竹を8本取り出し枝を払う。
両サイドに3本ずつで支柱を立て、それに上下に2本這わせる。
それにネットを張る。
まあ理屈は簡単だ。

ただ苗はまだ15cm程、ネットの高さは1m80cmぐらいある。
ちょと見大げさ感があるが、きゅうりが大きくなると、このネットの高さはゆうに越えるだろう。
追加のネットを張るようになるかも知れない。
今年は他の野菜の発芽が良くなかったので、きゅうりには期待したい処だ。

うちの近くに無人野菜販売の店ができ、そこにピーマンとミントの苗を売っていたので買って来て植えた。
ピーマンも春に種を蒔いたのだが、鳥が食べたかのか気分が乗らないのかまだ発芽していない。
とりあえず夏からは収穫できるだろう。

いい加減ながらも畑は楽しい。

2010年6月20日日曜日

WAの会

今朝は自閉症の子供達の「WAの会」の練習があった。
小学生の頃から来ている子供達も高校を卒業し働き始めている。
成長したものだと思う。

今年秋に岡山で国民文化祭が開かれるのだが、それに彼等も出演する事になっている。
10人での出演だ。
子供達より教えているこちらの方に力が入る。
教え始めた頃は一つ一つの曲もより簡単にしていたが、今は時間が掛かっても原曲をそのまま教える事にしている。
そしてどの子も付いて来ている。

国民文化祭でする曲の構成も皆理解している。
後は曲の部分部分をどれだけ丁寧に演奏出来るかだ。
内に来てる子は基本的に皆明るいし優しい。

秋にはきっと良い演奏をしてくれるのではと思う。

2010年6月18日金曜日

お仕事・・他

昨日は或る会社の懇親会に呼んで頂き、3人で太鼓を叩いて来た。

持ち時間が20分程だったので、真面目シリーズ3曲を演奏した。
他の曲が不真面目というわけではないのだが、我々の持ち曲の中では和太鼓らしいストイックな曲を選んでいた。
で結果、宴会なのにシーンとした感じになった。
これがいいのかどうかわからない処だったが、企画した幹事さんは大喜びだった。
毎年アトラクションとしていろんな企画をして来たが、いつも皆大騒ぎで、全く観ても聴いてもいなかったらしい。
今度こそは皆を黙らしたいと思っていたそうだ。
それが幸いにも当たり喜んでくれたわけだ。
まあ他の方々からも良かったとの感想を戴いたので、まずは無事職務を果たしたかなという感じだ。

今朝は我が町が推進している健康診断に行った。
まあ最近は酒も控えめだし、特に問題も無いのだが、一口で言えば自営業の私はこんな機会でも無いとなかなか行かないのである。
結果が全て出るのは一月先だそうだ。

健康診断の後はヨカに行った。
先週はいろいろあって行けなかったので、2週間ぶりだ。
そして今日は健康診断で結構採血もされてたし、なかなかきつい。
途中そして最後にリラックスするポーズがあるのだがこのまま寝てしまいたいと思った。

今遊び猫モーがソファーの上で腹を出し、顔を上に向けて寝ている。
起こして犬のポーズでも教えようか。

2010年6月15日火曜日

露の中

朝からずっと雨が降っている。
やっと露に入ったみたいだ。
畑の作物も鼓空のメンバーによる田んぼの稲もこれで大きくなるだろう。

我が風邪も徐々にではあるが良くなって来ている。
その中、日々太鼓の稽古そしてダラブッカの練習と過ぎて行く。
来月はフラメンコの演奏もある。
初めての経験だ。
私達打楽器奏者は踊りとは切っても切り離せない関係にある。
今回もまた新しい発見がありそうだ。

今から楽しみである。

2010年6月13日日曜日

娘の帰省

東京で役者をやっている娘が公演が終わり、次の公演の練習が始まるまでのたった3日間であるが岡山に帰って来た。
しかしながら私はと言えば風邪真っ只中あった。
まあ娘は学生時代の友達と会うのに多くの時間を費やしていたが。

娘は演劇集団「円」に所属している。
ここは芥川比呂志さんが作られ、岸田今日子さんが座長をされていたが、今は橋爪功さんが後を継いでおられる。
ここに2年前に娘は研修生から劇団員にして戴いた。
まだ全くもっての駆け出しである。
日々アルバイトをしながら頑張っている。
幸いにも娘の住んでいる浅草は下町で人情味も厚く、芸人に対しても育てようという感がある。
公演があると練習も入り本番も続く。
アルバイト先も当然休まざるを得ない。
しかしながら上手く段取りをしてくれ、公演が終わるとまた復帰させて貰っている。
また知っているレストランでは食事を大盛して貰ったり、一品余分に付けて戴く事もあると言う。
有り難い事だ。

今回の帰省では娘と牛窓や赤穂をぶらぶらとした。
久しぶりに故郷の自然を堪能しているようだった。

2010年6月10日木曜日

Mask man

マスクマンと言えば、あの「仮面貴族」そして「千の顔を持つ男」を思い出される方も多かろう。
そうメキシコが生んだ天才プロレスラー ミルマスカラスだ。
私はテレビ最初に彼を見た時、目が点になった。
あまりにも華麗な空中技。
世の中にこんな事があるんだと我が頬をつねった程だ。
格好良すぎる。

で我が事だが、3日前からの風邪がまだ治らない。
漢方系の薬を飲み、睡眠も多めに摂り、良いか悪いかはわからないが、カフェイン摂取と言う事でコーヒー、紅茶を飲んだりしている。
お陰で熱も計ってはないが、下がっているような気もするし、咳も多少は治まっている感じ。
でもまだ明らかに風邪真っ只中である事は間違い無い。

でマスクマンであるが、私もマスクを付けている。
周りの人に移していけないが為である。
みんなから風邪と聞かれる?
風邪で無ければ何なんだろう。
稽古中もずっとしたまま、少し酸欠状態になるが仕方ない。

マスクをしていて華麗なる男でいよう。

2010年6月8日火曜日

正真正銘

正真正銘の風邪をひいた。
最近、風邪をひいてても、単に体がだるかったり、ちょっと体調が優れないなぁと感じで、症状も今一つはっきりしてなかった。

ところが今回はくしゃみが立て続けに出るは、頭が痛いはとすこぶるはっきりしている。
誰が診ても風邪に間違い無し。

これだけはっきりしていると、逆に気持ち良い。
治し甲斐もあると言うものだ。

風邪の原因はおそらく酒を飲んで転寝をしたからだろう。
酒はしばらく絶っていたのだが、美味い酒を戴いたのでチビリチビリと飲んでいた。
今回たまたま転寝をして風邪をひいてしまったが、最近今まで以上に賢くなったのか、飲み過ぎる事はなくなった。

酒酔い気分も良いが、しらふの時もいいなぁと思う今日この頃である。
これって凄くない~

2010年6月6日日曜日

シンフォニーホール

今 岡山シンフォニーホールの舞台袖近くにいる。
かと言って私が出演するわけではない。
今日は岡山県の合唱団が集まってのコンサートだ。
これに今年の3月のイベントで女性合唱団「華」さんと太鼓でコラボさせて貰った子供達二人にまたもやお呼びが掛った。
それで二人を連れて来たと言うわけだ。

子供達は今本番前だというのにPSPで「がきの使いやあらへんで」を観ながらゲラゲラ笑っている。
こんな事でいいのか?
緊張してガチガチになるよりはいいか。
まあ 何とかやってはくれるだろう。

たぶん

2010年6月5日土曜日

原始農

今年も例年の如く野菜を作っている。

種蒔きしたのは、きゅうり、トマト、なす、大豆、とうもろこし、かぼちゃ、ラディッシュ、大根、人参、ほうれん草、チンゲン菜、ごぼう、唐辛子、ピーマン、ししとう、にんにく、鷹の爪、おくら、紫蘇、ゴマ、生姜と結構多品種にわたる。
しかしながら今年はいつもに増していい加減な種蒔きだった。
きゅうり、大豆、とうもろこし、かぼちゃ、生姜等は比較的丁寧に蒔いたが、それ以外は草刈をした後、花咲か爺さんの如く、ばら蒔いた。
そのせいかどうか、今の処まだ芽の出てない物が多い。
今出ているのは、かぼちゃ、とうもろこし、チンゲン菜、ラディッシュ、きゅうりのみである。
また去年採り残していたじゃが芋が大きくなっている。

もうすぐ露が始まる。
そろそろ皆芽ぐらいは出て欲しい。
もし出れば草の中から出るのだから、野趣たっぷりの元気の良い野菜が採れるのではないかとちょっと期待。

もう少し待ってみよう。

2010年6月2日水曜日

祝の島

映画を観に行った。
タイトルは「祝の島(ほうりのしま)」だ。
知っている方もおられようが、 初めての方もいらっしゃると思う。

山口県の上関町長島に原子力発電所が作られようとしている。
この映画はその対岸の祝島の人達をテーマにした物だ。
年老いた人達の笑顔が実に素敵だ。
この島の人達はずっと昔から漁業と農業のみで生活している。
質素ながらも心豊かな感じがする。

長島に28年前に上関原発を作る計画が持ち上がった。
それからずっとお爺さん、お婆さん達による反対運動が続いている。
デモも千回をはるかに越えている。
理由はこの辺りの素晴らしい海を守りたいが為である。
自分達は海から一杯恩恵を受けて来た、だからそれを子孫にも残してやりたいと思っている。

島には推進派の人もいる。
亀裂が深まり、分断された形だ。
それを推進派、反対派を問わず皆が残念、辛い事だと感じている。

原発の計画では長島にある田ノ浦の海岸を14万平方メートルを埋め立て、その上に造る事になっている。
そしてもし稼動するとなれば大変な危険を伴う事になる。
当然国、電力会社は絶対安全であると言う。
しかしその根拠は無い。
今まで何十年と原発の中で働いてた人が証言している。
内部について言えば、必ず行われなければならない定期検査、部品の交換でさえ、その担当者は被爆していると言う。
場所に依っては1回5分から7分また原子炉の下では10数秒しかいられないと言う。
故に熟練者程、年間の決められた被爆量にすぐ到達してしまい、まだ技術の確かで無い人達が交換、修理をしているのが現実らしい。
ガン、白血病も誘発していると言う。
その方も今ガンと戦っている。

また地震への対応のいい加減さ、定検の度に海に放射能を含む水が何十トンも流される事、高い排気塔からも出ているし、放射能が低レベルとされている廃棄物はすでにドラム缶約80万本あるらしい。
また厄介なのは一度でも稼動した原発は放射能漏れから解体が非常に困難だと言う。

私はまだまだ門外漢だが、少し聞いただけでも非常に怖い感じがする。
祝島の方達は自然の中で生きておられる。
必要以上の文化も求めていない。

この映画は各地で自主的に上映されている。
まだ若い女性のはなふさ監督は要望があればまた何度でも岡山に来て上映したいと言われてた。
機会があれば是非御覧になる事をお勧めしたい。